本年5月よりJBMIAの会長に就任しました。会員各社の皆様と業界全体の発展のために微力ながら貢献していく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
私は、京都で生まれ育ち、大学の卒論では温度センサーを使用した血流計の研究を行いました。そして、この経験を活かし、1980年に当社に入社して以来、20年にわたり、エアコン関連の技術者としてキャリアを積みました。その後、新たな環境で挑戦したいという思いに駆られ、2000年にはタイの生産拠点に出向し、2003年には中国電化商品開発センターを立ち上げるとともにセンター所長に就任、2005年には上海の白物家電生産会社の経営に携わるなど、海外で異なる文化や価値観を持つ人たちと一緒に仕事をしてきました。
この異国の地での経験は、私のキャリアの礎になっています。現地では日本人がほとんどいない中、仲間や取引先の皆様にいかにして自社の商品や品質の考え方を理解してもらい、同じ方向を向いて共に働いてもらうか、コミュニケーションの難しさを痛感する毎日でした。例えば、タイにいた2年間、現地では社内や取引先のタイ人と話をすることが多く、最初は日本人的な価値観を理解してもらうことに苦労しましたが、丁寧に且つ思いを持って、時間をかけながら話をすることで、最終的には一つのチームとして一体感を持って仕事をすることができ、大きな成果をあげることができました。
こうした経験から、「人と人とのつながり」こそが様々な困難を解決に導き、中長期的な成果に繋がるということを学び、現在、当社の経営に携わる中でも、この学びを大切にしています。また、当時から既に20年以上が経過していますが、今でもタイに出張すれば、当時の仲間が何人も仕事に関係なく食事などに付き合ってくれ、非常に嬉しく思っています。
こうしたコミュニケーションの大切さを身をもって痛感した経験は、海外に限らず、国内においても何度かありますが、特に、私が技術部の課長時代に起こしてしまった品質問題は、今なお私の大きな教訓となっています。この品質問題の根本原因は、現場でのちょっとしたコミュニケーションの行き違いでしたが、その影響は大きく、リカバリーには相当な時間と労力を要しました。
これ以降、私は日本人同士でもこうしたミスが起こるのだから、海外で異なる文化やバックグラウンドを持つ人たちと一緒に働くときは、“言わなくても分かる”はほとんど通用しないという前提で、頻繁に会話をして理解の差を埋めること、また、いち早く違和感を察知し、課題やリスクを見つけて対策を講じることの大切さを改めて意識するようになりました。会社全体の経営に携わる立場となった今でも、こうした考えの下、現場に足を運んで、従業員や取引先の皆さまの声を真摯に聞くことは欠かさず行うようにしています。
現在はさまざまなデジタルツールが潤沢にあり、世界中どこにいてもすぐにオンライン会議ができ、特にコロナ禍以降はリモートワーク環境が世界中で急速に整備されました。生成AIの進化も目覚ましいものがあり、今後の業務の効率化においても欠かすことのできないツールになってくるでしょう。しかし、オンラインですべてが完結し、便利でスピード感のある世の中になったからこそ、私は、対面で人と会うことの価値がますます大きくなっていると感じています。
アメリカの心理学者アルバート・メラビアンによって提唱された概念である「メラビアンの法則」によれば、コミュニケーションにおいて言語情報はわずか7%で、表情やジェスチャー、物理的な距離感なども含む非言語情報は、9割以上を占めるともいわれています。オンラインでのコミュニケーションは、対面の会話に比べるとまだまだ制約があることは否めません。AI時代が到来しても営業職がAIに取って代わられにくいと言われる所以は、こうした人と人とが対面することで生まれる感情や信頼関係などの非言語的な情報が、最終的な判断や決定に大きな影響を及ぼすからだそうです。逆に考えると、今後のデジタルツールに求められる技術や付加価値は、いかに非言語的な情報をデジタル的に再現できるか、という点であるともいえそうです。リモートワークが当たり前になるなか、オフィスは“事務作業をする場”から、“共創を生み出すコミュニケーションの場”に役割が変わりつつあります。変化の大きい時代だからこそビジネスチャンスも大いにあるでしょう。
世界に目を向けると、地政学リスクへの対応や環境問題への対策など、地球全体に関わる大きな問題が数多くあります。それに伴い、民間企業に求められることも年々高度になってきました。日本国内でも、少子高齢化社会への適応などさまざまな社会課題に向き合っていかなくてはなりません。一方、どの課題も単独の企業で対処していくには非常に重いテーマです。こうした課題に立ち向かうためには、これまで以上に業界が一丸となることはもちろん、業界の垣根を越えてこの難局を乗り越えていく必要があるでしょう。世界的な分断が表面化している今こそ、あらためて「人と人とのつながり」を大切にできればと思っています。