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理事エッセイ

2017年7月
「ヒトは変わらない、しかし技術と社会は変わる」 理事 羽山明 理想科学工業株式会社 代表取締役社長


 私は子供の頃から歴史が好きでした。区立小学校3年の夏休みの自由研究では織田信長のことを調べてかなり詳しい年表を作ったほどです。NHKの大河ドラマを見ながら、歴史上の人物の気持ちになりきってあれこれ考える、ちょっと変わった子供だったと思います。
 ところが受験校だった高校時代に年号を暗記させられるのに閉口し、いわゆる理系に転身しました。大学は電気工学科を卒業し、その後米国に留学し経営学修士を取得しました。歴史や文化、芸術に対する興味は継続していたものの、10年以上人文系とはそれほど縁がありませんでした。
 34歳で社長になってみると、仕事の大半がヒトにかかわることでした。振り返ってみると、歴史が好きだったこと、その中でヒトについて考えるのが好きだったことが、19年に亘り社長を何とか務めてきた基礎になっていると思います。

 そんな歴史好きの私が社長を務める中で、「ヒトは変わらない、しかし技術と社会は変わる」ということを実感することが多くなってきました。
 人類の起源はおよそ14万年前ですが、現代に残る思想が現れたのは約2,500年前です。ギリシャ哲学のさきがけであるソクラテス、仏教の開祖ゴーダマ・シッダールタ(釈迦)、儒教の始祖である孔子という3人の思想家・宗教家がこの時期に世界の別々の地域に現れ、その思想が現代に大きな影響を及ぼしていることは興味深いことです。2,500年経ってもヒトの関心や悩みは変わっておらず、「ヒトは変わらない」と思う所以です。
 しかしヒトを取り巻く「技術と社会」は変わってゆきます。歴史上さまざまな技術の革新がありましたが、特に18世紀の産業革命はまさに革命的で、以下に示すその後の技術の急速な変化の端緒となりました。
 300年前、地下資源から得られる熱エネルギー(当初は石炭火力)によって鉄を大量に精製することにより、建造物の構造に鉄を使うことが可能になりました。またその後の蒸気機関の発明、内燃機関の発明によって、地下資源から得られるエネルギーから動力を得ることに成功し、人間の生産性をはるかに凌ぐ機械を製作することが可能になりました。19世紀後半になると発電機によって地下資源から得られる熱エネルギー(および水の位置エネルギー)を電気に転換することに成功しました。20世紀になり、石油化学産業が1920年ごろ興り、また電気回路に数学(記号論理学)を乗せたコンピューターが20世紀半ばから出現し、半導体工学の進歩と相まって高度化、普及が急速に進みました。コンピューターによって計算能力、解析能力の飛躍的な向上が図られ、例えば20世紀末にはヒトのDNAをすべて解析するまでに至りました。
 このような技術の変化は、社会の変化も引き起こしてきました。産業革命が資本主義の普及を後押ししました。そして、19世紀後半から20世紀初頭にかけて米国に「ビルディング」が出現します。ビルディングに大きな株式会社が入り、その株式会社では組織の中で役割の分担が進み、高等教育によって役割を学んだ知的労働者(ホワイトカラー)たちが自らの住居から通って働く、という現在の社会構造がかたち作られました。「ビルディング」は巨大化する株式会社の効率化のために必要とされた建築で、その成り立ちは電力の事業化より早かったのだそうです。

 私は、「ビルディング」と「会社のオフィス」は、アメリカで140年、日本では100年しか歴史がない、比較的新しい社会のファンクションであると理解しています。新しいのですからこれからもどんどん変わってゆくはずです。ICTやIoT、AIがオフィスを大きく変えたり、また、たとえば自然エネルギー技術の革新がオフィスを変える可能性もあります。
 現代の紙の起源であるパピルスは紀元前の発明であり、紙はいわば オールドテクノロジー、オールドメディア と言えます。長い歴史を経てヒトとの親和性も強くありましたが、近年の技術の変化はそれにも影響を与えています。オフィスや生活の中でこれから紙がどのようになってゆくのか、そして当社のような限られたリソースの会社に何ができるのか。悩みは尽きませんが、当社はJBMIAの会員企業として、世の中の役に立つべくこれからも全力を尽くす所存です。