一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会(以下、JBMIA)会員各社の皆様、ならびに関係者の皆様におかれましては、日頃よりJBMIAの活動に多大なるご理解とご協力を賜り、心より御礼申し上げます。私は2020年からJBMIAの理事職を務めさせていただいております。このエッセイでは、当社(キヤノン)のCTOという現在の私の立場でお話しをさせていただければと思います。
本題に入る前にまず、本エッセイのタイトルである「守るべきもの、進化させるべきもの」をテーマに選んだ理由からお話しいたします。執筆にあたり、JBMIA会員企業各社で働くビジネスパーソンの皆様に向けて、少しでもお役に立てるような話ができないかと考えましたが、やはり当社のCTOとしての私の経験と考えをお話しすることが良いのではないかと考えるに至り、このテーマで話をさせていただくことといたしました。
■強さを知り、進化させる
1937年に創業した当社は、カメラからスタートし、その進化を「多角化」と「国際化」を軸に進めてまいりました。特に「多角化」では、当社の持つ技術をベースに、1960年代以降、事務機、光学機器、医療機器と事業領域を拡大させ、現在ではプリンティング、メディカル、イメージング、インダストリアルの4つの産業別事業グループでビジネスを展開しています。
このように4つになった事業グループを鑑みて、CTOの立場として何が当社の強さであるかを考えてみますと、やはり「当社が持つコア技術」を核として多角化を進めてきたことではないかと考えています。当社はカメラメーカーとして創業して以来、コアとなる3つの技術を磨いてきました。それが「イメージング技術」「画像再構成技術」「メカトロシステム化技術」であります。この3つの技術が、商品を多角化する際の共通項となっているのです。
そして、これらの蓄積してきたコア技術を、守るべきものとして明確化するために、顕在化させました。それが、「撮る」 「情報を価値化する」 「描く」 という商品に「入る」3つの技術(基盤要素技術)と、商品を「支える」4つの技術(価値創造基盤技術)であります。商品を支える4つの技術とは、「システム設計技術」「生産技術」「材料技術」「デジタル技術」です。これらを当社の強さとして再認識するとともに、基盤化を図る取り組みを進めてまいりました。
ここでいう「守る」とは、これら商品に入る3つの技術と商品を支える4つの技術を、当社の強さの源泉として変わらぬものとして認識し、時代を越えて強化しつづけることです。時代が変わり、また、商品のバリエーションを増やしても、これは当社の基盤であり、徹底して磨いていくべきものと考えています。
しかし、単に「守る」だけでは十分ではありません。技術を蓄積するだけでなく、全社で共有し利活用できる環境が整っていることこそが、競争力のある商品を生み出し、4つの事業を支え、多角化を展開して進化を続ける「推進力の源」である、つまり、「強さ」であると考えています。そして、この強さの要諦は、やはりそれを実現する「環境」と利活用できる「人材」の存在です。
■守るべきもの、進化させるべきもの
次に、この「強さ」をどのように進化させるのかについて、もう少し詳しく述べたいと思います。今や時代はAIやIoT、ロボット、ビッグデータなどの技術革新をあらゆる産業が取り入れ、さまざまな社会課題を解決する未来社会、所謂「Society 5.0」の時代に向かっており、技術の重要性が一層増大しています。技術の進化が多方面で進み、各方面で進化した技術が高度に絡み合う状態で新しい社会課題を生み出しつつ、解決していくといったことが起きており、状況はかなり複雑になっていると言えるのではないでしょうか。このような中、研究開発は、従前の「発明型」だけでは対応しきれない時代となり、社会課題にスピーディーに応える「イノベーション型」になってきています。
このような状況において重要なことは、守るべきものは徹底して守り、そして時代の変化に合わせて変えていくべきものを進化させることです。当社では、社会課題にスピーディーに応えるため、常に時代に合わせて最適なR&D体制を模索してきました。現在では、1つのR&D部門が全ての研究開発分野をカバーするのではなく、複数の研究開発部門を配置して分野ごとの担当制とし、それらの集合体として研究開発を推進しています。この集合体の部分を、ビジネス領域にあわせて変化、すなわち進化させています。この「プロジェクト推進型」の研究体制が今の時代に合っているという認識のもとで新しいものづくりを進めています。
研究開発やその体制は、各社各様であることは申し上げるまでもありませんが、当社では長年にわたり守るべきコア技術をしっかりと守ることに注力しながら、同時にそこに安住せず、現在は私がCTOという立場で当社の技術者をリードしながら、コア技術を強化し、強さを進化させることに尽力しています。そのことが現在の当社のビジネスの基礎となっているものと考えています。そしてこの「守ること」と「進化させること」は、企業経営以外においても大切なことではないかと考えています。
■JBMIAへの期待
今回はJBMIAの理事エッセイですので、JBMIAのあり方について思うところを述べさせていただきたいと思います。前段で「守るべきもの、進化させるべきもの」として当社の研究開発についてご紹介しましたが、現下の複雑さを増す時代において、JBMIAにおきましても、その存在意義を今一度確認し、守るべきものは守り、時代に合わせて変化することが、さらなる組織の発展、そして世の中への貢献に結びつくのではないかと考えます。その際、考慮すべきキーワードは「協調」と「競争」になるのではないでしょうか。
ビジネス機械・情報システム産業、とりわけプリンティング産業は、一部の報道やあるいはその影響により、市場規模が減少しつつあるという認識が広がっています。その結果、業界関係者も縮小マインドに陥ってしまっているのではないでしょうか。しかし、広くグローバルな視点から俯瞰しますと、プリンティング産業は日本企業が世界を席捲している数少ない産業であり、しかも、技術流出懸念や経済安全保障のテーマともなるような重要産業であることが分かります。こうした産業が直面する課題は1社だけで対応できるものではありません。それゆえ、日本が強みを持つこの産業をどうやって守っていくかという点については、JBMIA各社で「協調」し、一緒に考え、取り組むべきであると考えますし、それゆえJBMIAの果たすべき役割は益々大きくなるものと思います。
一方で、業界の発展のためには各社が公正に「競争」をすることが肝要であり、それが健全な姿であると思います。昨今、企業においてもまた個人においても「もはやプリントはしない」と言われることがあります。しかし、それを近視眼的にみるべきではなく、「紙を中心にした情報処理」の重要性は引き続き変わらないと思われます。近年、情報量の拡大に伴い扱うデータは加速度的に増えています。そのことを考えてみても所謂ペーパーのもつ一覧性の高さ、記憶の定着性の高さ、携帯性の良さといった有用性は変わるものではありません。
その上で、業界としては様々な課題に「協調」しつつ対応し、同時に、各社が技術力、製品力、サービス力の向上を通じて世の中に提供する価値を高め、健全な「競争」をさらに進めることで、市場の活性化が期待できるはずです。ビジネス機械・情報システム産業を、日本経済を支えるひとつの大きな柱として末永く持続していくために、JBMIAは「協調」と「競争」が共存する組織でありたいと考えます。そのために、組織構造も時代に合った実効性のあるものとなること、さらには、それをリードする人材の活躍に是非期待したいと思います。
以上