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理事エッセイ

2016年4月
「お客様の真のニーズに応えるために」 理事・副会長 池田隆之 東芝テック株式会社 代表取締役社長


 私ども東芝テックの経営理念には、“いつでもどこでもお客様とともに”というフレーズがあり、事業判断の際の心構えとしています。お客様にモノやサービスをご購入いただくということは、積極的な満足を得たいという視点から、不満をまずは解消したいという消極的なものまで、何かにご満足いただけるからこそ発生する行為という点は間違いないと思います。それでは、お客様の声(VOC)を聞いていれば良いのでしょうか?

 現在のように複雑で不確実性が高く、かつ動きの速い世の中では、お客様も確かな確信をもっているとは限りません。そうした時代においては、お客様の本音や本当に解決したい課題が何であるかを見つけることが肝要であると考えます。たとえば、開発技術者が自分たちのために作ったワークステーションやCADシステムが似た環境の技術者に売れたり、オーディオ愛好家が作り上げたオーディオ・システムがやはり同じような愛好家に売れたりすることはよくあることです。こうしたケースでは、自分と同じ価値観を持った人がどれだけいるか? ということで売れる数量が決まってくることもあるでしょう。

 一般的なお客様の声(VOC)の収集においては、どうしても、現在使用されている製品に対するお客様の不満をうかがうことが中心になります。これ自体はとても大事なことですが、これのみにこだわり過ぎると多くの他のお客様には無用な機能オンパレードの商品となり、ひいては、コストアップにつながり結果的に必要な機能に特化した商品に取って代わられる、というイノベーションのジレンマにつながりかねません。

 お客様が感じる不満のみにとどまらず、お客様の問題を解決するのに本当に必要な機能は何であるかに気づかねばなりません。モノ創りにこだわるメーカーである以上、イノベーティブな商品を世に送り続けたいものですが、これにはそのようなお客様の本音の部分、またはお客様がまだ十分に原因を認識されていない課題に気づき、それらを技術開発で実現する力が必要になります。

 Apple社のSteve Jobs氏が自ら欲する商品に妥協を許さぬ姿勢で商品創りにこだわってきたことは有名な話です。また、外に音楽を持ち出すことを可能にしたことで一世を風びしたソニーのウォークマンは、当時のトップからの「小型のテープレコーダーに、再生だけでいいからステレオ回路を入れてくれないかな」という言葉に従って作り上げられたそうです。

 HDDを搭載したTVは日本では当たり前になりましたが、これとてもHDD搭載DVDプレイヤーが全盛の時代に、DVDプレイヤーのHDDとDVDディスクの切り替えが困難な人たちはもっと簡易な録画予約を求めているのではないかと考えた東芝が、番組表から選択・決定ボタンで設定が可能になる録画機能を開発し、その簡便さが消費者ニーズを作り出しました。

 当社を含む東芝グループは過去いくつものこうしたイノベーティブな商品を世に出してきました。成功例の多くは、営業、商品企画、研究、開発の担当者の気づきやひらめきが経営者に吸い上げられ、様々な垣根を超えた意志の疎通、風通しの良い組織の中で商品化されてきたように思います。

 お客様のこのような真のニーズへの気づき、または真にニーズに対するひらめきがあり、これが理解され開発案件に載れば、あとは開発にまい進さえすれば良いか、または既に世の中にある技術製品の組み合わせでイノベーティブな商品を作り出すことができるということかと考えます。

 JBMIAは歴史のある業界団体であり、参加企業も今までイノベーションを起こし続け、そして今後もイノベーションを起こし続けることを期待された企業が中心の組織です。継続したイノベーションを起こし続けるためには、VOCのみにとどまらない気づきやひらめきを大切にし、商品企画、事業企画まで作り上げる管理職や開発者のリーダーシップ、そしてそれらの価値を適切に見極め最終判断できる経営者の育成と、個々の組織メンバーの声が聞こえる風通しの良い組織がこれからも必要ではないでしょうか。

                                                      (了)