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理事エッセイ

2018年11月
「技術と市場をつなぎ直す」 理事 樫尾和宏 カシオ計算機株式会社 代表取締役社長


2015年に前回の理事エッセイを書いてから、3年が経ちました。当協会の関わる市場が3年前と同様に停滞を続けている中、新たな市場を創出することが課題だと考えております。今回は市場創出のために弊社がいま取り組んでいることを紹介させていただきます。

市場の変化に対応したビジネスの見直しが必要

日本の電機業界は、長らくシーズの主導によって発展してきました。アナログをデジタルに置き換えることで市場は拡大し、メーカーは商品を大量に安くつくることで、成長を続けることができました。コンシューマ向け商品の流通も当時は家電量販店が主で、新製品をその都度、売り切りで納めていれば、ビジネスが成り立つ時代でした。
しかし、現代は市場が飽和し、誰も目をつけていない市場を簡単に見つけることは難しくなっています。またネット流通やSNSの発達によって、消費者の行動も多様化しています。以前よりもはるかに複雑化した市場に対して、商品の作り方や売り方を含め、ビジネスのあり方を根本から見直す時に来ていると考えています。

提供する市場を明確にし、独自の技術とつなぐ

市場が停滞している原因は、バリューチェーンの各所で、変化した市場との乖離が起きていることにあります。技術自体が必要とされなくなったケース、商品企画が時代に合わなくなったケース、流通が現代のユーザーに届かなくなったケースもあります。作ることと売ることが分業されているプロダクトアウト型のビジネスでは、エンドユーザーの求める価値との間に乖離が生じます。この問題を解決し、市場を拡大するには「技術と市場をつなぎ直す」ことが有効だと考えます。自社の持つ技術の強みを明確にして、一方で市場が必要としている価値を掘り下げ、最適な組み合わせを見つけることで、新たなビジネスが見えてきます。そのためには、まず商品を提供するエンドユーザーを明確に定義し、そのエンドユーザーに提供する価値を決め、そのために必要な自社の独自技術を洗い出し、組み合わせて実現させます。自社にない部品や技術はパートナーと組んで共創していくことで補うことができます。

事例として、デジタルカメラ技術の応用展開を挙げます。弊社はコンパクトデジタルカメラの市場を創造し、高速撮影や美撮りなど、デジタルならではの新たな価値を提案してきました。しかしスマートフォンの性能が著しく向上した現在、コンシューマ向けのコンパクトデジタルカメラという市場での役割は終えたと判断し、撤退を決断しました。一方で、世の中には車載用や街頭に設置されるカメラが増え続け、画像処理のニーズは拡大の一途にあります。現在、デジタルカメラで長年培った画像処理技術を、技術供与によるライセンスビジネスや、皮膚がんなどの画像診断サポートシステムといった法人向けビジネスへと転換しています。画像診断サポートシステムではトップドクターの力をお借りするなど、各分野でのパートナーの知見と弊社の技術を合わせ、新たな価値の創造に取り組んでいます。

常に、ユーザーであるお客様と対話しながら、必要な価値を深く掘り下げ、さらに新たな価値を提供し、このサイクルを繰り返していくことで、さらに市場は拡大します。当社では関数電卓や電子辞書を学校向けに提供し、学校でのニーズをとらえたビジネスを拡大しています。近年の現場での教科書や試験の電子化に対応し、従来のハードウェアの提供にこだわらず、新たにWebアプリによるサービス展開にも取り組んでいます。

技術と市場を正しくつなぐための構造改革

技術と市場を正確に把握し、最適に組み合わせるためには、社内改革も必要になります。まず第一に、エンドユーザーに新しい価値を提供するという目的を会社全体で共有することがスタート地点です。そのための組織と仕組みを会社がトップダウンで整え、社員はやりがいが持てる仕事を自らボトムアップで考え出すことで、ユーザーへの価値提供に向かって社員の働きがいが良い原動力となり、会社と社会がともに発展を続けることが可能になります。
弊社では今年、会社が目指す姿とミッションをまず社内に発信し共有しました。そして4月、従来の事業ごとに機能が分かれていた縦割りの組織を改め、商品企画部門とマーケティング部門を統合した「事業戦略本部」、ユーザー視点で最新技術を用いた事業を開発する「事業開発センター」と新規開発プロジェクト、品目ごとの開発機能を統合した「開発本部」を新設しました。本社スタッフの役割も見直し、働き方改革と風土改革にも取り組んでいます。先日、山下会長から教えていただいた「働きがい改革」も参考にさせていただきながら、トップダウンとボトムアップの融合による成長戦略を描いています。

市場のニーズと独自の技術を組み合わせることで、新しい市場を創出し、業界を再び拡大していくことが可能になります。今までになかった商品を生み出し、エンドユーザーに新しい価値を提供したいという想いが一番重要です。それがなければ価値創造のサイクルはうまく回りません。そして提供する価値を決めて独自技術を生かして社外と共創することで、社会への貢献が実現します。人々とともに発展を続けることが弊社の使命であり、当協会の参加企業の皆様と、ともに取り組んでまいりたいと思っています。