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理事エッセイ

2019年4月
「『働き方改革』に思う」 理事・副会長 栗原博 富士ゼロックス株式会社 特別顧問


 4月からの働き方改革関連法案の施行もあり、「働き方改革」についての議論が相変わらず賑やかである。夜遅くまでオフィスで残業する従業員が、たとえダラダラと残業していたとしても、彼はよく頑張っている仕事熱心な社員だとして尊ばれていた数年前と較べると隔世の感がある。また、従業員サイドから当初よく聞こえてきた「働き方改革とは体のいい残業規制ではないか」といった類いの議論や、経営側がコンプライアンスの徹底を錦の御旗として、仕事そのものの見直しを横において、法定労働時間内の残業遵守のみを全面に打ち出し、その結果だけを求める様な状況は徐々に少なくなってきた様に思う。
 とはいえ、全社員を対象にした総残業時間の上限設定や「何曜日はNo残業Day」だから例外なく何時までに仕事を終え帰宅しようなど、一律に定めた残業規制を金科玉条のごとく徹底している企業も多いだろう。弊社もそれに近いところがある。

「働き方改革」の真の狙い

 上述した状況を「働き方改革」の第1段階とすれば、第2段階の取り組みとは、言うまでもなく限られた時間の中で仕事を効率化しどう生産性を向上させるかである。残業時間を減らしただけでは、いずれどこかにしわ寄せがくるので、まず増え続ける仕事そのものを抜本的に見直し、それらの業務がほんとうに必要か否か、一つひとつ既存業務を棚卸しなければならない。その上でやはり必要だという業務は、ICTなどの先端技術でその仕事を効率化できないか再度検討する。
 こうした取り組みは当協会の会員各社にとってもまさに追い風であり、デジタル化に伴うビジネス機会が眼前に限りなく拡がってきたといっても過言ではない。手書きの帳票や伝票をOCR でスキャンし、RPAで処理すれば繰り返し作業から従業員を解放して生産性を向上させることが可能だし、専門的かつ属人的な仕事を、AIなどのテクノロジーを駆使して一般的な仕事として開放できれば、技術やスキルの承継という点でも課題解決につながる。さらに、ペーパーに依存していた定型業務をデジタル化し、ワークフローを効率化することなどは協会各社にとってまさに得意技である。
 ただし「働き方改革」は、業務の効率化が最終目的ではなく、もっとも重要なのはその先である。つまり、こうした取り組みによって生まれた余剰時間を、新たなアイデアを生み出すためのクリエイティブな時間に振り向け、イノベーションを起こし易い企業文化を醸成できるかどうかが重要である。しかし、ここまで来るのはそう簡単ではない。第1段階または第2段階あたりで試行錯誤している企業も少なくない。弊社も同様である。
 とはいえ、企業側も手をこまねいているわけではなく、働きやすい環境構築に向けて人事制度や社内ルールなど抜本的な見直しを早急に進めている。例えば、モバイルワークが出来る環境を整えて在宅勤務を広く推進したり、固定デスクからフリーアドレス型にレイアウト変更したりするなど、オフィス環境の見直しに着手している企業も多い。また、休暇制度の充実を図るだけでなく、最近では副業を認める企業も見られるようになった。
 では、企業が多様な制度を用意すれば「働き方改革」を前に進め、創造性に富んだ企業風土を創り上げることができるだろうか。もし介護や育児のための休暇や時短制度を使いたい従業員が、周りに気兼ねして利用することに肩身の狭い思いしているとしたら、せっかくの制度も利用率が上がらない。逆に、まだ会社の組織や仕事の基本を充分理解してない新入社員に、モバイル勤務制度が導入されたからといって、それで成果を上げるように求めるのも無理がある。一方、仕事をはやく覚えてキャリアを確立したいと思っている「キャリア志向の若手社員」に、「NO残業DAY」といって定時に帰るよう一方的に指示を出すだけでは、モチベーションが上がらないだけでなく若い従業員も定着しないだろう。

多様化とマネージメント

 いま、若い世代の働き手は益々多様化し、一律に管理することは困難になってきている。生産労働人口の減少やグローバル化を背景として、今後外国人と同じ職場で働く機会も確実に増えてくるだろう。日本人だけの職場で地道に経験を積上げていけば、いずれ会社がそれに配慮し処遇していた時代と異なり、従業員は自らの成長やキャリアの構築を若いうちから追求するようになってきた。新入社員を4月に一括採用し、公正、平等を旗頭にした一律のオペレーションや指示だけではかえって不満感が募ってくる。
 このような時代を迎えた今、意識改革が必要なのはマネージャ(中間管理職)である。もう30年近く前になるが米国に赴任した際、上司である米国人マネージャから、これまでの仕事の内容や経験さらには趣味などについてオープンに話をした後、1年間の休暇計画の提出を求められ驚いたことを思い出した。1年も前から休暇を計画したことがない自分が戸惑っていると、「年間休暇については自分も計画しているので、お互いにそれを尊重できるよう働こう」との上司の一言があった。雇用契約といってしまえばそれまでだが、こうした考え方は日本の「働き方改革」に確実に影響を与えてくる。
 つまり、マネージャは個々人との綿密なコミュニケーションを通して経験や能力さらに家庭の事情などにも配慮した上で組織としての期待役割を明確に伝え、一方、本人も自らの要望や仕事に対する考え方や価値観など上司とよく話し合い、余暇も含めて双方が納得した上で仕事に取り組むようになるだろう。マネージャは「個」を尊重しながら、チームのパフォーマンスも最大化するという、より高度なマネージメントが求められるようになった。

「ワークライフバランス」より「ワークライフチョイス」

 そう考えると企業が従業員向けに用意する様々な制度は多様化する従業員の「個」を活かすためのツールであり、従業員は自らの目標達成のためにマネージャ承認のもとそれらを選択し成果を上げることが「働き方改革」を成功に導く上で極めて重要だといえる。
 そういう意味で言えば、いま従業員に必要なのは「ワークライフバランス」を実現するため、むしろ個々の働き方を気兼ねなく選択できる「ワークライフチョイス」ではないだろうか。
 グローバル競争に打ち勝つために、生産性を改善しイノベーティブで競争力ある企業文化を育むことを目指す日本の「働き方改革」は、今まさに始まったばかりである。