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理事エッセイ

2021年8月
「技術と知見で人々に貢献し続ける ~東京2020オリンピックで思ったこと~」 理事 樫尾和宏 カシオ計算機株式会社 代表取締役 社長 CEO


 新型コロナウイルス感染症が発生して一年半以上が経過しましたが、デルタ株も出て感染が急拡大し、厳しい状況が続いています。感染された方々には、心よりお見舞いを申し上げます。

 さて、東京2020オリンピックが開催されました。日本は合計58個のメダルを獲得し、大健闘しました。世界中でコロナ禍が猛威を振るう中、また大会運営についても不祥事が続き、批判も多くあったオリンピックでしたが、選手達の一生懸命な姿に引き込まれていき、気が付くと毎日日本選手を応援しておりました。近くで行われているのに会場で観られなかったのは残念でしたが、選手達の活躍をテレビの前で応援しながら、経営や社会への貢献についてなど、さまざまなことを考えました。

 今大会で強く印象に残った競技の一つは、柔道でした。私は学生時代に柔道をやっていました(一応初段です)ので、大会を最後に退任する井上康生監督が胴上げされて宙に舞うシーンに感動しました。井上監督は日本男子柔道が金メダル0個で大敗したロンドン大会後に就任以来、科学的なトレーニングを取り入れるなど様々な改革に取り組みました。井上監督率いる日本男子はリオ大会では7階級全てでメダルを獲得し、今東京大会では過去最多となる金メダル5個を獲得し、柔道ニッポンを完全に蘇らせました。
 これを実現できたのは、井上監督が代表以外の選手を含む全選手一人ひとりへ示した信頼と愛情の賜物だと思います。選手達は科学的根拠に基づくトレーニングで肉体的にも精神的にも強くなり、また相手選手の映像分析も徹底的に行い戦略面でも自信を付けました。また、試合で最善を尽くして負けた時に、監督に叱られずに讃えられてきたことで深い信頼関係が生まれ、失敗することを恐れずに戦えたことがこの結果に繋がったのだと思います。

 今大会では、
・スポーツ科学に基づくトレーニングにより実力をつけた
・データドリブンの客観的な分析に基づく戦略を試合中に臨機応変に行えた
・選手一人ひとりがイキイキと力を発揮できるムードがチーム全体にあった
これができたチームが良い結果を出せたと思いました。

 2つ目の戦略の例ですが、女子ソフトボールでは上野投手の好投もさることながら、上野投手は研究し尽くされており、ピンチの時に相手チームにデータのほとんどない後藤投手が大活躍しました。結局最後まで相手チームは後藤投手を攻略できず、優勝の立役者になったと思います。
 バレーボールでは、大会直前に代表選手の背番号を変更しました。これは相手国が研究する際に名前でなく背番号で選手を認識しているので、相手を混乱させるための作戦だったとか。

 また、今大会では新種目もあり、選手達がのびのびと楽しそうにプレイしているのがとても印象的でした。
 スケートボードでは13歳の西矢選手が金メダルを獲るなど若い選手達の活躍が目立ちましたが、見ていて気持ちいいほどチャレンジ精神にあふれ、本当に楽しそうにプレイしていました。競争というよりも仲間同士で一緒に大会を楽しんでいるように見え、順位に関係なく選手全員がお互いを讃えあっている雰囲気がとても素晴らしいと感じました。

 最後に少し弊社の宣伝をさせていただくと、TEAM G-SHOCKの一人である五十嵐カノア選手が、新種目のサーフィンで銀メダルを獲得しました。シグネチャー入りの五十嵐カノアモデルもあるのですが、残念ながら1年以上前に売り切れです。G-LIDEシリーズがカノア選手着用のシリーズですので是非ご興味ある方はチェックしていただければ幸いです。柔道の日本代表チームも井上監督をはじめ、コーチや選手がお揃いの白いG-SHOCKをつけてくれていました。

 オリンピックでの成功事例は、企業経営にも通ずると思います。
 弊社も現在、アフターコロナの社会環境に適応する新しいカシオに生まれ変わるために、事業、商品、働き方の全てを見直す構造改革を推進中です。
 一変した社会環境に適応するため、従来型の経営手法からデータドリブン型のDX経営へと変革をしてまいりました。また、社員一人ひとりがイキイキと力を発揮できる会社風土を実現するために、CHRO(最高人事責任者)を置き、「未来創造センター」を設置して社員一人ひとりの働きがいのある環境つくりをサポートしています。

 また、メーカーとしての社会貢献は、モノつくりからコトつくりへと変化しています。
これまでのマス向けのプロダクトアウト型から、ユーザー一人ひとりの役に立つことを目的としたマーケットイン型事業運営へ移行してまいります。
 メーカー同士はこれまで、同じカテゴリーの商品で「競争」していましたが、これからは特定のターゲットに向けた特定のサービスを提供するプラットフォームビジネスへと変化するため、その実現に向けては異業種の知を集結した「共創」が必要になってきます。

 弊社における新規事業の取り組みを一つご紹介させていただきます。
ランナー一人ひとりに最適な走り方をアドバイスするランナー向けパーソナルコーチングサービス「Runmetrix」です。腕時計をはじめとしたウェアラブル機器で培った弊社のセンシング技術と、アシックス様のスポーツ工学に関する知見を合わせて共創し、今年3月にスタートしました。10月にはウォーキングを対象にした「Walkmetrix」もスタートします。ランニング、ウォーキング、そして健康ジャンルのプラットフォームとして世界No.1を目指してまいります。

 先日、社内の未来創造センターとの打ち合わせの中で「挑戦=失敗し続けること」というフレーズが出て、感銘を受けました。挑戦しないと、失敗しないと、新しい成功はあり得ません。恐れを知らない若い選手達が大活躍したスケードボードのように、チャレンジ精神あふれる働きがいのある会社風土なしには新しい成功は生まれないと思います。

 弊社は、培った独自の技術や顧客などの資産を活かして、多様な人々が活きる社会づくりにこれからも寄与していきたいと思っています。社会が大きく変化している今は、新しいビジネスを生み出すチャンスでもあります。JBMIAの皆さまとともに、今後も社会への貢献と業界の発展のために、力を注いでまいります。何卒、よろしくお願い申し上げます。